塩基性タンパク質の二次元電気泳動のこつ
  東京都老人総合研究所 戸田 年総

 両性担体(Carrier ampholytes)を用いる従来の等電点電気泳動は、平衡状態に到達するまで泳動を行おうとすると、陰極流(Cathodic drift)のために、塩基性pH領域がゲルの末端から電極液中に抜け出してしまう欠点があり、真の等電点電気泳動で塩基性タンパク質を分離することは事実上困難であった。それで O'Farrell は、塩基性タンパク質の二次元電気泳動を行うために、平衡に達する前に電気泳動を止めてしまうやり方、すなわち非平衡pH勾配電気泳動(NEpHGE)を考案した。しかしNEpHGE は、あくまでも「移動速度に基づく泳動分離」であって、等電点に基づく分離ではない。それに対し「固定化pH勾配等電点電気泳動」では陰極流の影響が最低限に押さえられているので、塩基性タンパク質を等電点に基づいて泳動分離することができる。しかし、「固定化pH勾配等電点電気泳動」においても、塩基性タンパク質の分離においてはさまざまな問題点が残されており、十分に高い再現性と分離性能を引きだすには、幾つかの注意点やちょっとした「こつ」がある。  塩基性タンパク質の二次元電気泳動における問題点は、(1)塩基性pH領域における固定化pH勾配ゲルの特性の問題、(2)泳動システムの問題、(3)塩基性タンパク質の物理化学的特性上の問題、の3点に分けられる。
 (1)塩基性pH領域における固定化pH勾配ゲルの特性の問題
 固定化pH勾配等電点電気泳動の支持体として使用する「イオン性側鎖を持ったポリアクリルアミドゲル」は、アルカリ性のpH 条件下では脱アミド反応を受けやすいので、高いpH の状態で長時間放置すると、徐々にpH 勾配が崩れてくる。これを避けるために、以下の点に注意を払う必要がある。  (a)ゲルは使用直前に膨潤する(膨潤後の長期保存は避ける)、(b)乾燥状態のゲルであっても長期(1ヶ月以上)保存する場合には超低温(-70℃以下)槽を利用する、(c)通電時間を不必要に長くしない(泳動終了後は速やかにSDS処理を行う)  膨潤中のゲルの塩基性pH領域における脱アミド反応を避けるためには、ゲルを膨潤するバッファーに両性担体や酢酸等をわずかに添加し(数 mM 程度)、塩基性領域のpHを若干酸性方向にシフトさせておくと良い。
 (2)泳動システムの問題
 塩基性領域のpH勾配は、空気中の炭酸ガスの影響を受けやすい。そのため、シリコンオイルで空気との接触を遮断するなどの注意が必要である。チューブゲルの場合は、電極液に水酸化バリウムを加える事で、炭酸イオンを遮断する事ができる。
 (3)塩基性タンパク質の物理化学的特性上の問題
 塩基性タンパク質は、等電点付近のpH における解離曲線の勾配が緩やかである(単位pH変化時の荷電変化率が低い)ことが多い。そのようなタンパク質は、等電点付近では易動度が低下し「真の等電点の位置」にフォーカスされるまでに要する時間が、酸性タンパク質や中性タンパク質に比べると格段に長い。そのため試料を陽極側に添加した場合と陰極側に添加した場合では、バンドが形成される位置が異なることがある。また、塩基性タンパク質の多くはpHが低い方が溶解度が高いので、試料液は陽極側に添加した方がよい。ゲルの膨潤液中に試料液を混合し、膨潤時にゲル全体にサンプルを吸収させる所謂「in gel sample application」は、塩基性タンパク質の二次元電気泳動においては避けた方が無難である(同一の蛋白質が複数のバンドを形成したり、テーリングを起こすことを避けるため)。